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筑紫野市中心部には、二日市町という名の町があります。
その昔、毎月2日に牛馬の市場が開かれるため、その名がついたそうですが、その名残で近隣には牛馬を飼育する農家も多く、極端な食料不足の世情の中で、肉の闇商売も身近に噂されていま
した。
そんな昭和23年の暮れ、無断で敷地内に侵入して馬をさばいている人を昶が発見しましたが、近所の農家の人だったので、事を荒立てずに注意するだけに止めました。
密殺を見つけられ照れ隠しの弁だったのでしょうが、その人はお詫びにと黄色い脂肪のついた一塊の馬肉をおいていきました。
その時聞いた一言が、後に馬の油を日本で初めて 開発するヒントになったのです。
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